楽器屋からフリーランス、そしてCTOに。フクロウラボCTOの若杉さんにきいた「CTOになるには」
フクロウラボのCTOとして活躍する若杉 竜一郎(わかすぎ・りゅういちろう)さん。創業期のフクロウラボに参画し、どのようにCTOへの道を歩んだのでしょうか? CTOになるまでの道のりやプロダクト作りに対する意識の変化などを語ってもらいました。
楽器屋からwebの世界へ。興味が湧いたらやるしかない!
──若杉さんのキャリアは、楽器屋さんからスタートしたと聞きました。現在のCTOというポジションから考えると、なんだか意外ですね。
もともと大学の工学部に通っていたんですが、映画やゲーム、アニメなどの音楽を作りたくて、大学を辞め音楽の専門学校へ入りなおしました。『世にも奇妙な物語』のBGMを作った蓜島邦明(はいしま・くにあき)さんが好きで、自分も不気味な雰囲気の音楽を作ってみたいと思ったんです。僕の親も自由主義なので、相談した時には多少の引き止めはありましたが、その後はすんなり受け入れてくれました。
──専門学校は楽しかったですか。
正直、楽しかった印象は全くないですね(笑)。知れば知るほど音楽の世界の広さを思い知らされたし、当時は今よりも閉鎖的な業界だったので、音楽を仕事にするには才能だけじゃなくてコネがないと難しかったり、やりたくない仕事も必要だったり……。そういった実情を知っていくうちに、学ぶのは楽しいけれど、音楽で食べていく未来が自分にはないかもしれないと思うようになりました。卒業後は楽器屋でアルバイトしながら、曲を作って送るオーディションを受けたりしていました。
──そこからどういう経緯でwebの世界へ入ったんでしょうか。
当時、楽器屋のECサイト作りを任されたんですが、独学でプログラミングをしてみたらすごく面白くて。ちょうど音楽で食べていくことに迷っていた時期でもあり、プログラミングを仕事にしようと決意しました。専門学校にまで行って、他の人から見たらもったいないと思われるかもしれませんが、興味が湧いちゃったらやるしかないですよね。そこからエンジニアとしての一歩を踏み出しました。
楽しくて、無我夢中で仕事をした20代
──エンジニアとしてのスタートはいかがでしたか。
初めは20名くらいの会社で、通信教育プログラムをeラーニングコンテンツとして作るプロジェクトに携わっていました。コンテンツでアニメーションやゲームを作りたい時には、当時はJavaScriptが今ほど強力ではなかったので、Flashを使っていました。実は僕がプログラミングの面白さに気づいたきっかけも、楽器屋のECサイトを作る時に使っていたFlashだったんです。狙ったわけではないですが、結果的に元々やりたかったことにつながっていました。
その頃は人数が少ない会社だからこそ任されている感があったし、自分のできることを広げていくのが楽しくて、無我夢中で仕事をやっていましたね。当時2000年前半はネット上にあまり情報がなかったので、休日に書店へ行って、8時間くらいかけて技術書を片っ端から読んでいました。とにかく早く成長したかったんです。
──若杉さんの駆け出し時代と言えますね。なにか印象に残っているエピソードはありますか。
メールサーバーを落としたことかな。今でこそプロバイダがメールサーバーを持っていますが、当時は自社でサービス提供をしていたため、サーバーが落ちてクライアントがメールを一切使えなくなってしまいました。スパムメールの監視不足が原因だったのですが、それが判明するまでの数時間は生きた心地がしなかった(笑)。その会社のエンジニアは僕一人だったので、「若杉くんがなんとかしないと、どうにもならないよ」というプレッシャーもあり、クライアントのところへ行って粛々と対応していました。
主軸は「プロダクトを作る」こと
──それから様々な会社やフリーランスを経て、フクロウラボへ入社されたんですね。
フクロウラボに入ったのは、代表の清水さんに「こういうソリューションを作りたいんだけどできますか?」と相談されたことがきっかけです。といっても、「この会社に人生を賭けるぞ!」というほどの意気込みを持っていたわけではなく、スタートアップだからこそ、半年後には会社がなくなる可能性もあることも念頭に置いていました。エンジニアの需要が高い今の時代に食いっぱぐれることはないだろうと思えたのが、思い切って飛び込めた理由だと思います。
──ずっと同じ会社に居続けることもできたと思いますが、若杉さんがフリーランスやスタートアップに挑戦できたモチベーションは何でしょうか?
僕が働くうえで主軸にしているのは「プロダクトを作る」こと。どんなプロダクトを作るかがモチベーションになっています。だからこそ、フリーランスになる前は、プロダクト作り以外で発生する社内政治や人間関係のしがらみが窮屈に感じることもありました。職位が上になっても、当時の自分はマネジメントや社内での立ち回りが未熟だったので大変でした。
また、それまでのキャリアで身につけた技術力が蓄積されていたことも挑戦できた理由のひとつかもしれません。どんなwebサービスでも作れないものはないと思っていましたし、何を言われても対応できる自信はありました。
──経験の積み重ねに裏打ちされた自信があったんですね。若手のエンジニアの中には、思い切ってフリーランスやスタートアップに飛び込みたいと思っている方も多いのではないでしょうか。若杉さんならどんなアドバイスをしますか。
若いうちはある程度の規模の企業でスキルを磨いて、それからフリーランスなりスタートアップなりに挑戦するのが定石ではあると思います。30代、40代になってからでもフリーランスやスタートアップに挑戦はできますが、逆は難しいと思うからです。一方で、その人のキャラクターによっては、失敗も含めて色々なことに挑戦したほうが成長する人もいるので、一概には言えませんね。
年齢を重ねることでマインドに勢いがなくなってくるというリスクもあるので、「若いうちこそ!」と思う方もいるかもしれませんが、逆に考えれば、マインドを常に保ち続けていれば、何歳になっても挑戦はできると思います。それならばどこにでも就職できるうちにしっかりした企業で経験を積むのも良い選択肢なのではないでしょうか。
「プロダクトを作る」から「組織を作る」へ
──先ほど、プロダクトを作ることがモチベーションだと話していただきました。現在はCTOとしてマネジメントもされているわけですが、なにか意識の変化はありましたか。
CTOになったからというよりも、組織が大きくなるにつれて、徐々に責任が伴い、視野が広くなってくるのを感じています。採用で今必要なことは何か、技術スタックはどれにしたら良いかなど、ポイントごとに責任を持って判断・行動することを意識しています。これまで軸にあったプロダクトを作ることも、いつの間にか、組織作りや技術スタック・開発環境を整えることに変化しました。今では、若手の成長を感じる時がとてもうれしい瞬間です。
──最後にずばり、「CTOのなりかた」を聞いてみたいと思います。若杉さんならどう答えますか?
CTOになるには、仲間と一緒に創業する、早期の段階でスタートアップにジョインする、企業で出世していくなど、いくつかの方法があると思います。けれど、大切なのはCTOになることではなく、CTOとして事業や会社そのものを成功させることです。そのためには、多大な努力や経験、スキルが必要になってきます。
僕はその経験やスキルを若い頃にある程度の規模の企業で働くことで得ることができました。例えばリーダーとしてチームをマネジメントする経験や、自分が作っているサービスや製品がお客様やユーザーにどんな価値を与えて対価を払っていただけているのかといったビジネスの基本的な考え方、価値を生むためにどんな役割の人がどんな努力をしているかといった組織についての知識。もちろん人により向き不向きがあると思いますが、こういった知識や経験を得るために若いうちに大きな企業で正社員としてコミットするのは決して遠回りではないと思います。その上で出世を目指すのも良いですし、いい仲間に出会った時にリスクを取ってスタートアップに挑戦することもできる。誰にでも道は拓かれていると思いますよ。
——CTOになることはゴールではなく、会社にコミットして成長させる責任を負うスタートなんですね。今日はさまざまなお話をありがとうございました!
(取材・写真:出川 光)
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